詳細

穆佐城跡

 ( むかさじょうあと )

指定者
種別 史跡
指定年月日 H14.3.19
所在地 宮崎市高岡町小山田字麓918番ほか
 大淀川右岸の丘陵上に立地する大規模な城館跡で標高は約60m、総面積は12haに及ぶ。城域は東西に長い形状を呈し、幅20mの大きな空堀によって4つの曲輪群(くるわぐん)に区分される。
 当城が最初に文献に見られるのは、建武3(1335)年で、当時は足利氏の所領であった。その後、伊東氏と島津氏による争奪が繰り広げられる。天正年間以降は島津氏の領有するところとなり、近世期には薩摩藩の外城(郷)の一つとなり、城郭としての役割が薄れた。

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