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高原の神舞
( たかはるのかんめ )
指定者
国
種別
重要無形民俗文化財
指定年月日
H22.3.11
所在地
高原町大字蒲牟田字狭野(狭野神楽保存会)
高原町大字蒲牟田字祓川(祓川神楽保存会)
備考
毎年12月第1土、日曜日(狭野神楽)
毎年12月第2土、日曜日(祓川神楽)
高原の神舞は、高原町の狭野地区と祓川地区それぞれに伝承される神楽で、地元で神舞(かんめ)と呼ばれている。両地区は地元で信仰対象となっていた高千穂峰(たかちほのみね)の東麓に位置する。
霧島連山に対する信仰を背景に、高い柱を立てて大規模に行われていた神舞の姿を現在も継承しているもので、特別な舞の場を設けることや、剣を持っての勇壮な舞などに特色がある。
狭野神楽は、毎年12月の第1土曜日から翌日にかけて、一連の神事とともに夜を徹して33番が舞われる。霧に残存する「霧島神舞系」の神楽は少なく、わずかに残るものでも番付が数番のみという状況の中で、狭野神楽は、祓川神楽と共に貴重な存在となっている。
狭野神楽の特徴は、「剱舞」が多く勇壮なことである。「踏剱(ふみつるぎ)」「花舞」など、稚児のように着飾った子供を含む剣舞は、修験の童子に関わる芸能の系譜を引くものと考えられ、県内でも際だった独自性をもつ。
この神楽の起源は不明であるが、明和4(1767)年の写本が残ることから、18世紀以前から伝承されてきたものであることが分かる。
さらに、中世の猿楽面の系譜を引く神楽面や、近世の神楽において猿楽である翁舞が演じられていたことを示す古文書の他、修験文書も残され、歴史的、宗教的、美術的に貴重な史料を有することも、この神楽の大きな特徴のひとつである。
このように、狭野神楽は神舞圏の軸をなす霧島神舞(神楽)であり、南九州を代表する神楽であることはもとより、神楽組織の形成過程を窺い知る資料や伝来品の豊富さからも重要である。
祓川神楽は、霧島東神社の社家の年中行事の一つとして祓川地区に伝えられているもので、毎年12月の第2土曜日から翌日にかけて、一連の神事とともに夜を徹して33番が舞われる。
祓川神楽の特徴は狭野神楽同様に「剱舞」が多く勇壮であることが挙げられる。特に天神地祇12神になぞらえた12人が真剣を持って約1時間にわたって勇壮に舞う「十二人剱(じゅうににんつるぎ)」は有名である。
また宮崎県北方面の神楽で見られる宿借り神事である「門境」をはじめ、南九州でしか見られない「杵舞」、神楽最初の「浜下り」において、神楽宿の婦人が「天照大神」に擬されるなど、女性祭祀の名残が見られるほか、神楽宿での諸行事も数多く残っていることが挙げられる。
霧島山付近を含む南九州に残存する「霧島神舞系」の神楽は少なく、わずかに残るものでも番付が数番のみという状況の中で、祓川神楽は、狭野神楽と共に貴重な存在となっている。
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